2012年11月06日

格付機関と賠償責任

「豪裁判所「格付け、誤解招いた」 S&Pの賠償責任認める デリバティブ損失めぐり 他国に波及も」(日本経済新聞2012.11.6)

米格付け大手スタンダードアンドプアーズ(S&P)が最高格付けを与えたデリバティブの価値が暴落して投資家が損失を被ったのは「格付けが誤解を招き、人を欺くものだった」として、オーストラリア連邦裁判所が5日の判決で同社の損害賠償責任を認めたとのことです。

格付け機関とは、国債や社債、仕組債などの債券やデリバティブなどの信用力を評価してそのランクを公表し、投資家の投資判断の材料を提供する機関です。ランクは、AAA(トリプルA)を筆頭に、以下、AA+(ダブルAプラス)、AA(ダブルA)、AA-(ダブルAマイナス)、A+(シングルAプラス)・・・B・・・C、などとなっており、一般にBBB(トリプルB)以上が投資適格、それ以下(BB+以下)が投資不適格、とされています。
AAAの最高格付けを取得している国や企業はなかなかなく、米国債ですら財政悪化によりAAAから転落しています。日本国債もかつてはAAAでしたが、現在はAAとかAA-といったところで、格付けが下がるたびにニュースになります。スペインやギリシャなど債務危機が問題となっている国債はBとかCという状態です。
ちなみに、大手格付け機関とは、いずれも米国のS&P、Moodys(ムーディーズ)、FITCH(フィッチ)あたりを言います。日本にはこれらに加えて、格付投資情報センター(R&I)と日本格付研究所(JCR)があります。
企業などの発行体が債券を発行して資金調達をする場合、これらの格付け機関と契約をして報酬を支払って発行する債券の格付けを付与してもらいます。投資家は格付けを見て投資判断をしますので、格付け取得は債券発行による資金調達のための事実上必須の手続きとなっています。
一つ注意すべきは、格付けはその発行体の債券の信用力を示すものにすぎず、その企業の成長性や将来性までも示すものではないということです。BB以下の投資不適格企業だからダメな企業だなどということは全くなく、むしろ成長性や将来性に魅力のある企業もたくさんあります。ソフトバンクも格付けはBBBあたりですし、それ以前はBBというくらいでした。また、BBB以下のいわゆる低格付債は利率が高いので、投資妙味もあります。
他方、A以上の高格付けの債券だからといって絶対安全とはいえません。
プロの投資家であれば格付けだけを見て投資判断をするということはありませんが、一般の投資家は自ら発行体の決算書を分析して信用リスクを判断するということまではできませんので、信用リスクの判断を格付けランクに依存する程度が高く、そこに危険が潜んでいます。経済変動や企業活動は極めて流動的ですので、投資した時点にいくら高格付けであったとしても、それが長く維持できる保障は全くないですし、そもそも最初の格付け付与の段階から格付け機関が判断を誤っている可能性も十分あります。リーマンブラザーズが破たん寸前までAAとかであったことはこのことを示しているといえます。

リーマン債の被害は世界的にも深刻な広がりを見せ、日本でも多くの被害が出ています。被害にあった一般投資家の方は、勧誘をしてきた証券会社などの販売業者がリーマン債の信用リスクについて「AAだから大丈夫です」「潰れることはありません」などと言って勧誘してきたので、そのまま元本割れはしないものと信じたと言います。そして破たん後には販売業者は「我々もAAだったので潰れるとは思わなかった」「販売業者は発行体の信用リスクについては格付けを説明すれば足りる」などと言います。実際、販売業者の責任が問題となっても、発行体の信用リスクについては格付けを説明すれば責任を負わないという判断をする裁判例も見受けられます。
確かに、格付けは信用リスク判断の一材料にすぎず、投資判断は基本的に投資家の自己責任ではありますが、そのようにバッサリと割り切ってよいかは疑問です。販売業者が一般投資家が格付けに依存せざるを得ないという状況を利用して勧誘時には高格付けをうたい文句にして売っておきながら、後になって格付け判断の誤りについて何ら責任は負わないというのは、投資家保護の観点から問題といえます。政策的にみても、投資家の投資離れを招きかねず、健全な市場の育成を阻害し経済全体への悪影響も懸念されます。

そうした中、本件記事のように、格付け機関も、結果的に誤ったと言わざるを得ない格付けについて賠償責任を問われるとしたことは、事後的ではありますが投資家救済の方法としてあり得るのだと思われます。
日本で投資家が格付け機関に対し裁判で損害賠償請求をするとしたら、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)となります。
民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。この条文から、不法行為が認められる要件は、@権利侵害、A@についての故意又は過失、B損害、C@とBとの因果関係、とされています(もっとも、不法行為の要件論は極めて多岐にわたっており、これと異なる様々な説があります)。
これをあてはめてみると、大まかにいえば、@格付け機関の誤った判断による格付け(加害行為)により、投資家が投資損失という財産権侵害を被った(被侵害利益)、A格付け機関において過失、すなわち注意義務違反があった(さすがに故意はないでしょうから)、B投資家の具体的な投資損失の発生と損害額、C@がなければBがなかったといえるような関係(相当因果関係など)、といった感じになると思います。
これらの要件は原告(投資家側)がすべて立証しなければならず、特に格付け機関の過失や因果関係の立証が相当ハードルが高いと考えられます。
オーストラリアの不法行為法については知りませんが、本件記事にある裁判所がこれらをどのように認定し、判断したのかは興味があるところです(デリバティブの格付けであったという要因もありそうです)。
サブプライム問題やリーマンショックあたりから、格付け機関に対する批判が高まり、規制強化なども議論されてきましたが、再びこうした議論が活発化してくるかもしれません。

個人的には、やはり投資はリスクを負う者が判断すべきものであり、格付け機関のような全くリスクを負わず、そればかりか発行体から依頼を受けて報酬をもらっている立場の者の判断が事実上投資家の判断を左右するような状況はあまり好ましくないのではないかと思われます。他方で、発行体の信用力はもちろん、仕組債やデリバティブのような高度に複雑な金融商品のリスクを一般の投資家が適切に判断するのは著しく困難ですので、これにかわって客観的立場から一定の評価・判断をする機関の存在意義も否定できません。
格付け機関が事後的とはいえ賠償リスクを負うということになればそれは一つのリスクの負い方ですので、格付けの精度向上にもつながるのかもしれません。
posted by kinyu-bengoshi at 22:46| 日記
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